児童教育評論家、絵本作家の吉沢誠さんインタビュー『いのちの響き』
誰にでも生きる価値はある
――『カーくんと森のなかまたち』は、首都圏を中心とした小・中学校での道徳授業に取り入れられていますね。 この本は平成十九年九月十日の「世界自殺予防デー」に合わせて出版しました。当然、授業のねらいも子どもたちに対する自殺、うつ予防対策です。 作品の主人公はホシガラスの“カーくん”。同じ森に住む鳥たちと自分を比較しては、自分には取り柄がない、必要とされていないと思い込み、生きる価値を見失ってしまいます。そんなカーくんが優しい先生や仲間たちの支えによって自分の良さに気づき、元気と自信を取り戻していく物語です。 作画を手がけてくださった夢ら丘(むらおか)実果さんと原案をつくり、日野原重明・聖路加国際病院名誉院長に推薦文をいただきました。さらに、監修として斎藤友紀雄・内閣府自殺対策推進会議委員、精神科医の保坂隆・東海大学医学部教授などにご協力いただきました。 発刊当時、日本国内における年間の自殺者数は九年連続で三万人を超え、「十年連続は食い止めたい」という思いがありました。ニュースでは中高年の自殺が深刻な問題として多く取り上げられていましたが、やはり児童期など、早い段階での自殺予防が大切だと考えています。現在は十三年連続になってしまいました。 授業には実際に夢ら丘さんや私が赴き、読み聞かせを行なうこともあります。夢ら丘さんも私も、本の作者ということに留まらず尊い命を守っていく「活動」として取り組んでいます。 ――具体的な授業の進め方は。 学習指導要領に沿って進められています。具体的には、絵本の朗読のあと、「カーくんはなぜ元気がないのか」「カーくんは本当に価値のない、だめな鳥なのか」「カーくんが元気になれたのはなぜなのか」などの項目について子どもたちに意見を求めます。そうした中で「うつ病」「うつ状態」についての知識や、自分がそうした状態に置かれたとき、どこに助けを求めればいいのか、友達の様子がおかしいときにどうかかわればよいかなどを説明していきます。 子どもたちは「うつ病」という言葉は知っていても、実際に「どういう病気か分かりますか?」と尋ねると、ほとんど答えられません。 現在、小学生の十人に一人、中学生の四人に一人が「うつ状態」という調査結果もあり、自殺の低年齢化も深刻化しています。授業を始めた当初、「寝た子を起こすのではないか」と懸念する声もありましたが、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」という言葉があるように、うつ病がいかなるものかを知らなければ対処する術も身につきません。子どもは十分理解する力を持っているし、作り手の感性を超えた受けとめかたをしてくれます。 |
人は一人では生きられない
――印象的な子どもの反応や声は。 私としては、ほとんどの生徒が、生きる自信を失ったカーくんに感情移入するだろうと予想していたのですが、「悩んでいる友達がいたら声をかけてあげたい」「悲しんでいる人がいたらなぐさめてあげる」など、カーくんを支える仲間の立場で気づきを発表してくれる子どももたくさんいます。また、他の鳥と比較して劣等感に陥るカーくんのことを「人のよいところを見つけるのが上手。そこがカーくんの素晴らしいところ」と多面的に受けとめる生徒もいました。 ある学校では保健室登校を続けていた生徒が授業に参加し、久しぶりにクラスメートと時間を共有しました。勇気をふりしぼって保健室から教室に向かったかを思うと、胸が締め付けられる思いがします。しかし、その授業をきっかけに少しずつ教室での授業を受けられるようになったそうです。 驚かされたのは、授業後の感想文の中に「自分も何度も死のうと思った」という声が少なくないことです。教諭の方がたも動揺を隠せない様子でしたが、実情を知ったことでその後のケアも考えられます。そういう意味では、一回の授業でも、まさに「自殺予防教育」の意味を成していると実感せずにおれません。 ――吉沢さんご自身が「うつ病」「自殺」に向き合うことはありましたか。 大学時代に後輩を自殺で失っているんです。はっきりとした動機は判りませんが、自分が運転する車で人を死亡させてしまい、追い討ちをかけるように留年、就職の失敗、人間関係、消費者金融などの問題を抱えてしまって。もっと自分が相談に乗ってあげられれば、支えてあげればと悔やまれました。夢ら丘さんもご自身が幼少のころに身体が弱くいじめられた経験や身近な人を自殺で失った経験があり、「なんとかしなくては」と絵筆をとられました。だから私たちは依頼されればどこにでも出向いて「あなたの命は尊いのですよ」「生きていてください」と伝えたいのです。 ――伝えたいメッセージとは。 授業の中で必ず伝えることがあります。それは、心の具合が悪くなること、元気がなくなる状態を「うつ状態」といい、その状態が続くと、心が風邪をひいたような状態「うつ病」になるということをまず知ってほしい。そして、もし自分がそういう状態になったら誰でもいいから近くにいる人に相談すること。友達がいつもと違うな、と思ったら話しかけてあげましょう。自分の心の痛みにも、そして人の痛みにも気づける世の中にしていきたいですね。 |